広島大学原爆放射線医科学研究所によってweb公開されている「被爆者スライド標本データベース」には、エムネスの病理医である井内先生、クラウドプラットフォームLOOKRECが関わっています。歴史的意義が大きいスライド標本の永久的な保存プロジェクトを推進した広島大学附属被ばく資料調査解析部助教の杉原清香先生にお話を伺いました。 杉原先生は、広島大学で血液内科医として勤務された後、2013年11月から現職に就かれているそうです。

被爆者を対象にした研究とは

被爆者を対象とした研究は長崎でも同じように行われています。広島大学附属被ばく資料調査解析部では被爆者の資料を数多く所蔵しておりますが、紙資料を扱うセクションが別にあり、私は生体試料といって人の体から採取したものを担当しています。

原爆投下後、あちこちの病院や診療所で解剖が行われました。その際に作られた標本の大半は、日米(米軍)合同調査団の手でアメリカに渡ってしまいました。今ここにあるスライド標本もアメリカの米軍病理学研究所(AFIP)に保管をされていたものですが、1973年に広島の原爆に関する資料は広島大学、長崎の資料は長崎大学に返還されました。これをAFIP返還資料と呼んでいます。その他、比治山にある公益財団法人放射線影響研究所で保管されていた標本もこちらに移管されています。

今回扱ったスライド標本の他にもブロック標本や、その解剖の所見を英語で記録した紙の資料もたくさんあります。コロナ禍前は長崎と広島で毎年交互に開かれていた「原子爆弾後障害研究会」で、被爆者の標本が亡くなった時期によってどのように異なるかなどを発表していました。

古いスライド標本は色褪せていくのでデジタル化したいと考えた

スライド標本は75年ほど経ったもので、色褪せ具合は標本によって差があり、かなり薄くなってしまったため顕微鏡で見てもよくわからないものも一部あります。これがまたさらに10年20年経つと状態がもっと悪くなるのは明らかでした。

デジタル化しようにも、スキャナーは高価で簡単に買えず、困っている、というような内容を新聞に載せてもらったんです。この新聞記事を見て、エムネスの病理センターの井内先生から、センターにあるスキャナーを使わないかとご提案をいただきました。

今回データベースに掲載した135例というのは1945年8月6日に広島で被爆後、その年の末までに亡くなられた被爆者で、早期の方のものということで報告書に一覧が出ています。区切りとしてわかりやすいので、この135人分を特に貴重なものという形で対応しました。当然もっと多くの症例があるのですが、スライドのスキャンに時間がかかるので、優先順位をつけてデジタル化する計画です。

LOOKRECを使ってお互いにレポートを書き込んでいた

画像がLOOKRECにアップロードされたら、病理医としての所見レポートは最初に井内先生が書かれて一次確定、そのあと私が被爆の状況などを追記して二次確定、という流れで記録していきました。所見に関しては、アメリカから返ってきた時に標本と合わせて報告書がついてきました。多い人で10枚くらい、少ない人は2~3枚あります。それらを照らし合わせて井内先生が所見やコメントを書き、私は他の資料からわかる情報を少し付け加えました。

広島大学から病理センターまでは片道30分くらいかかりますので、レポートを少し直したり協議をしたりするのに毎回行っていると結構大変なんですが、LOOKRECを使えば自分の部屋で標本も見られますし、所見をつけるのもそれぞれのペースでできます。学外におられる先生とのやり取りとしては非常にスムーズでした。

病理センターでないと、最初に行うスライドのスキャンやデジタル化はできません。その次の、病理画像の所見をつけるのも非常に専門的ですので、画像からわかること、わからないこと、ここまでは言えるというような所見を書くのは井内先生のような病理の専門医でないとできない部分です。

所見がつくことで画像の価値は上がると思う

専門外の人が顕微鏡で見てもよく分からないスライド標本に、井内先生のコメントをつけていただいたことで標本自体の価値が上がったと思っています。

私は血液内科医として骨髄についてはある程度分かりますが、そのほかの臓器となると詳しく解説ができるレベルではありません。そういう意味ではスキャン自体も非常にありがたかったのですが、病理の所見をつけていただけたことが私にとっては一番ありがたかったです。

また、今後の可能性としては、この画像を研究に使いたいという話があった時、クラウド上にあればどこの国であってもアクセスできるようになります。実際には個人情報や倫理的な問題もあるので手続きは必要なのですが、世界中からアクセスできるデータベースになったことは、非常に意義の大きなことだと思います。

エムネス病理診断部(旧株式会社病理センター) 井内 康輝医師からのコメント

病理標本を顕微鏡でみて分かることは数多くありますが、それを医師以外の方々を含めて、広く伝えることは難しいことです。LOOKRECによって病理標本のもつ情報をデジタル化し、モニターでみることができる様にすることで、多くの方々に医学の知識を広げることができます。

被爆直後に亡くなられた135人のご遺体の情報をこうしてデジタル化することができ、私自身も勉強になりましたし、今後に資することは大きいと考えています。

井内 康輝医師 プロフィール
1974年 広島大学医学部卒
1990年 広島大学医学部教授(病理学講座)
2012年 広島大学退職。(株)病理センター設立
2021年 令和3年度医学教育賞牛場賞受賞
2022年 株式会社エムネスと合併し、その病理診断部となる
病理標本のデジタル化や遠隔画像診断のお問い合わせはこちらまで

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